【商業BLレビュー】『すみれびより』月村 奎

  • 優しくてあたたかい上質なBL恋愛小説
  • 受けがとにかく健気で可愛い
  • 幸せな気持ちになれる

高校を卒業したばかりの、幼なじみのピュアな恋愛を描いた「すみれびより」(著 月村 奎(つきむらけい))。

2015年にディアプラス文庫から発行されたとっても良質な恋愛小説です。

先日「すみれびより」を読み返してみたところ、あまりに主人公がかわいくて、ピュアッピュアで愛しくて泣けてきたので、レビューします!

月村奎の定番、不幸な生い立ちの薄幸美人受け

月村奎さんが書く小説って大きくわけると2種類あって、本当に可愛そうな生い立ちの儚い受けと、その受けを温かく包んでくれる大人な攻めの切ない系か、

超イケメンで強気なパーフェクトボーイが受けで、男相手に恋をして四苦八苦するコメディ系のどちらかなのですが(私は両方好き)

「すみびより」は、薄幸美人受けの切なく優しい系ストーリーです。

主人公の大町芙蓉は、ネグレクトの母親からほとんど放置されるようにして地方都市で育ちます。満足に食事も与えられていなければ、何日も銭湯に連れて行ってもらえなかったこともあり、学校では学年が上がるにつれて「薄汚い子ども」として浮いてしまっていました。

ところが小学校5年生の時、東京から絵に描いたような優等生の男の子・西澤が転校してきます。眼鏡が似合う西澤は理科の実験でペアを作るときひとりだけ余る芙蓉とペアを組み、修学旅行のバスの席も隣に座り、女の子が誰も手を繋ぎたがらなかったフォークダンスの練習で芙蓉と組んでダンスをして、芙蓉をはじめて、「ひとり」から救ってくれるのです。

ところが小学6年生のとき、芙蓉の母親のネグレクトが通報され、芙蓉は東京にいる祖母の元に引き取られることに。芙蓉は最後に西澤と会った時に借りた「植物図鑑」を返すタイミングを失ったまま、その図鑑を持って祖母の元に。

東京でもやっぱり仲のよい友達が作れない芙蓉にとって、西澤に借りた図鑑はずっと心の支えとなっていました。

さて、芙蓉の祖母は大学生向けのレトロな下宿屋を経営しています。高校を卒業した芙蓉はそのまま就職せず、下宿の仕事を本格的に手伝うことに。その年の春、なんと大学生になった西澤が祖母の下宿に入居してきて、2人は再開を果たし……

という物語。

芙蓉は小さい時から誰にも大切にされた記憶がなく、誰かに抱きしめられた記憶もないという少年です。しかしそれを悲しんだり嘆いたりするわけではなく、どこか諦観して静かに受け止めています。

祖母は芙蓉を大事にしてくれてはいるものの、無口な人柄。溺愛系ではなく、どちらかというとそっけない性格なので、2人はうまくやってはいるものの、祖母の愛情を強く感じることもありませんでした。

そんな芙蓉に、実は小学生のときからずっと恋していたという西澤が(傍から見ると)かなりストレートに愛情をぶつけてくるのですが、人から愛された記憶がないまま大人になった芙蓉は、西澤の愛情を「親切」だと誤解し、「優等生で委員長気質だから、友達のいない自分を放っておけないのだ」と思い込んでいるのです。

ここまでだと、ありがちかもしれない。

他にもこういうニブい受けはいる。

でも、月村さんの描く受けには卑屈さがまるでないところが、いいのです。

卑屈になるどころか攻めが大好き過ぎて、攻めのために空回った努力をするところがとっても健気!

たとえば、2人の思いが通じ会ったあと、芙蓉は男同士の恋愛が周囲にバレて西澤の名誉を傷つけないようにと、西澤との距離感に細心の注意を払い、「仲の良い友人同士」に見えるようにと常に気を配り続けます。

でも初めての恋にドキドキしているものだから、そんな注意もアッサリ失敗したりしちゃうんだけど、でも一生懸命。

卑屈な受けが嫌いという人は多いけれど、健気に頑張り続ける受けが嫌いな人はいないでしょう……

薄幸美人なだけでなく、攻めのためにひたむきにがんばっちゃう受けが(そのやり方が間違っていたとしても)本当に可愛いんです。

受けが攻めを大好きで、そのピュアさに泣ける

「すみれびより」を読んでいて、何より「好きだなあ」と思うところは、芙蓉が西澤のことを本当に大好きで、その好きな気持ちがとってもピュアな言葉で作品中にちりばめられているところ。

「すみれびより」は「すみれびより」「あじさいびより」「ふようびより」の3つの中編からなる連作で、わりと早い段階で2人がお互いの気持ちを確かめ合ってくっつきます。

付き合い始めた芙蓉は、小学校のころから知っている西澤を、ことあるごとに「かっこいいなあ」と眺めて、「西澤ほど白いシャツが似合う人はいない」と胸の中で思い、

けれど自惚れてはいけないと自戒して、でも恋愛の最中、誰もが感じるような自惚れる感情を自覚すると自分を恥ずかしく思うという、めちゃくちゃ楚々とした人柄なんですよ。

さらには2人でデートをするとき、その風景の全てを「細部まで脳内に焼き付けて永久保存しておきたくなる」なんて、大人がとうに忘れてしまったような超ピュアな感覚でもって西澤と一緒にいるのです。

本当に可愛い……。

何より私が心を打たれたのが、2人が初めて結ばれた場面。

あ、言っておきますと、「すみれびより」に濃い性描写は有りません。非常に非常にあっさりしていますが、あっさりしている中、泣かせます……

だってね、芙蓉は「痛い」でもなく「気持ちいい」でもなく「好き」ですらなくて、西澤と結ばれた喜びを全然違う言葉で表現します。

もうその一言が。短いんだけど胸にブッスーっって刺さって!!!

もう、本当に芙蓉は西澤が好きなんだなあって……(もちろん、西澤もストーカーのように芙蓉が好きなんですけど)

これはぜひ、読んでその目と心で確かめてくださいとしか言いようがないのですが、

もうね「最高の恋愛小説を読んだわぁ………」としばらく夢見心地になれること、保証します。

いつの間にか攻め視点になっている

BL小説って、だいたい受けが主人公で、受けの視点で話が進んでいくじゃないですか。

「すみれびより」も受け視点(芙蓉視点)なのですが、不思議なことに、途中から感覚が攻め視点(西澤視点)にシフトしていきます。そして、たぶん西澤目線で芙蓉を見て、「やばい、本当に可愛い、芙蓉、かわいい!!!!」という気持ちになっているんです。

BL、受けも可愛いけれどだいたい攻めのカッコよさにやられて夢中になることが多いのですが、「すみれびより」に関してはとにかく「芙蓉がかわいい」という感覚がずーっとあって、とても強くて、芙蓉視点で進む物語なのに、気持ちは西澤視点で芙蓉を愛でているんですよね。

芙蓉ほど、「かわいい」としみじみ感じさせてくれるキャラクターも稀だなと思います。

「すみれびより」ドラマCDもあります

月村奎作品はいくつかドラマCD化されているのですが、「すみれびより」もBLCDになっています。

キャスティングはこちら。

大町芙蓉……松岡禎丞
西澤浩一郎……興津和幸
田上(下宿している学生、芙蓉の良き相談相手)……白井悠介
祖母と西澤の母……山口享佑子

私はまだドラマCDを聞いていないのですが、このキャスティングを見て納得しましたーーー

聞いていないけれど納得しました。

だって、あの儚くて健気で一生懸命でかわいい芙蓉が、松岡禎丞さん!

松岡さんのやっぱり儚くて頼りないような声と演技を想像するとマッチするとしか言えない……

で、芙蓉を優しく包み込む「永遠の委員長」が興津和幸さん。イメージ通り。

そして、芙蓉をからかいながらも可愛がり、芙蓉と西澤をそっと応援してくれるつかみどころのない先輩に白井悠介さん……

ああ、CDも聞きたい!ありがたいことにCDは2016年に発売されているので、中古で安いのが買えそうです。

良質なBL恋愛小説、受けがかわいくて健気で切なくて、でも温かさと優しさがいっぱい詰まった小説が読みたくなったときにめっちゃおすすめです!

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